Zの死

Zが「ニュー・ホーム」に入居したのは2008年9月、

3兄弟での入居、彼は真ん中、

上には二人の姉がいる。当時彼は9歳だった。

そして、小学校8年を終えて保護者権を叔父さんの元に返したのが2015年。

7年間をモヨで過ごしたことになる。

その後モヨは高校のスポンサーになった。

残念なことに高校2年の時にドロップアウト、

と言うより退学させられていた。

保護者である叔父さんも

彼の退学させられたことを知らないという奇妙な退学。



彼が「学校を変わりたい」と言ってきて、

学校へ問い合わせたとき、

「彼を永久追放しました」と聞いて驚き、

叔父さんに問い合わせて叔父さんも知らなかったことが判明。

彼が何をして強制的に退学させられたのかは、

学校も話してくれず、今持って不明。



それ以来姿を消した彼が現れたのは、

1年以上経ってから。

その時は既に何かの薬物に侵されていた。

虚ろな目で、同じことを何度も繰り返す。

きちんとした対話が成り立たない。

叔父さんと話し合いたいと何度も言ったのだが、

叔父さんの行方を知らないと言うばかり。



そうこうしているうちに自転車を盗んで

警察に追われているという噂も聞いた。

ただ、つい最近になって、

先月ヒョッコリ顔を出し、

従兄弟のところに住んでいると言うことだった。

薬も止めているように思われ、

一安心したものだ。



それから1ヶ月ほどして彼の訃報を聞いた。

従兄弟のところで肺炎で亡くなったと。

直ぐに彼が居た頃のモヨの仲間たちが

動き出したものの、十分な葬儀の費用が集まらず、

大半の葬儀費用はモヨが出し、

葬儀と埋葬は3月29日に行われた。



彼の命日は2019年3月20日、

享年20歳。

彼は今ナイロビの市営墓地に眠る。

今頃は両親に迎えられ、

安らかな眠りについていることを願う。

力足りず彼を薬物から解放できなかったことが悔やまれる。



3月31日(日)記       テル

最新記事

すべて表示

ボランティア希望の若者たちに振り回された1日

ケニアで1,2を争う国立のK大学のあるクラブ(チャリティ?)の学生さんたち50名余がモヨを訪問したいとの申し出を受けたのは1ヶ月ほど前。 人数が多すぎることと、準備に対して具体的なことが不安だったので、一人のスタッフを交渉の専属にし、最終的に受け入れのレターを書いた。 その訪問日時が今日3月7日(土)8;00〜15;00。 そして、スタッフが昨日確認の電話をしたら「申し訳ありません。訪問の件はキャ

お願い!(ハーティン・クリック募金)

日本ではコロナウイルス感染症が広がり、大きな心配になっていますが、皆様にはお元気でお過ごしでしょうか。 多くの国々が日本人の受け入れを拒否し始めていることも知りました。 私の日本の報告会にも影響が出始め、受け入れてくださる方々にご苦労をおかけしています。 一日も早い終息をと祈るばかりです。 さて、今日は皆様にお願いです。 あることをきっかけに「ハーティン・クリック募金」を通じて、ご寄付を頂くように

ガシオ、その後

1週間、マゴゴニドラッグリハビリ農園で静養?した彼は、今週の火曜日(3月3日)に、手首の骨折と顎の骨のチェックのために、病院へ。 10時過ぎに病院へ入り、診察を終え、「ニュー・ホーム」へ立ち寄ったのは夕方の5時半過ぎ、丁度私がボンフェイスの高校の担任と話し合いを終えて、ホームへ帰ってきたとき。 ただ、その前に4時半ころシンナーに酔っ払った状態で一度訪ねて来たと聞いた。 「マゴゴニ農園へ帰りたい」と

  • Facebook
  • White Twitter Icon
  • White Instagram Icon
moyologo.jpg

NGOモヨ・チルドレン・センターを支える会

​Email: for.moyochildren@gmail.com​

Copytight (C) Moyo Children Centre All Rights Reserved.
This site was designed with the
.com
website builder. Create your website today.
Start Now